地域のハッピーセンター ハルサ中浦和 コミュニティサイト

和らぎサロンハルサが生まれるまで

~フルタイムで働いていた頃~
 
朝、子どもが熱を出して
学校を休まなければならない時
 
会社に電話をするのが本当に辛かったです。
 
休んで仕事に穴をあけるのは
ほかの人に申し訳ない、という気持ち。
 
子どもがいない人たちがカバーしてくれるけど
「本心は、またか、、、」って思ってないかな、という気持ち。
 
体調の悪い子どもを1人家に残して
取りあえず午前中だけ出勤して、半休をもらいながら、
何とか11年間働き続けてきましたが、
 
子どもが2人、3人いる人たちは
どうやって時間とエネルギーのやりくりをしているんだろう。
 
働いて、子育てをして、家事をして、
1人何役もこなしている人たちは、本当にすごいなー。

「本当は、もっとゆったり穏やかな毎日を過ごしたい。」

 

時間と場所に拘束されない働き方がしたい。

ずっとそう思って働き続けていました。

 ~私の母のはなし~

 

私の母も、

そうやって私と兄を育ててきました。

子どもたちは自立し、
母が60才になったときのことです。

もっと働きたい、働ける、と思っていた母ですが、
会社は母を必要としませんでした。

30年以上毎日毎日繰り返してきた
仕事と家の往復、週に1度の自分の母親の介護。

60才になって、

やっと自分の時間ができて、

自由に使えるお金もあって、

「もう好きなことを何でもしてもいいよ」と言われても

何をしたらいいのか分かりませんでした。

どこへ行ったらいいのかも分からない、
誰と集っていいのかも分からない、

ずっと仕事と家と介護だけの暮らしの繰り返しだったから。

ヨガやコーラスなど、
近くの公民館のサークルに入ってた時期もあります。

しかし、

すでに出来上がっているグループの中に
入るのが得意ではありませんでした。

毎日
父とテレビを見て、新聞を読んで、
買い物に行って、散歩をして、
しゃべって食べて寝る。

母にとってそれが幸せだったかどうか、

母の無き今はもう分かりません。

でも、60才を過ぎてからの母の顔も身体も
幸せそうには見えませんでした。辛そうでした。

「生きがい」がなくなっちゃったのかな。
「役割」が終わったと思っちゃったのかな。

フルタイムで忙しく働いていた
あの頃の私には、母の気持ちを
ゆっくりと聞いてあげることはできませんでした。

頭が痛い、肩が痛い、膝が痛い
って言ってたのに
「私だって痛いよ。。。」って
自分のことばっかり考えていて、

触れてあげることもしませんでした。

 

~あの頃の私に何ができただろう~

 

スウェディッシュマッサージという
肌と肌が触れ合う温かいボデイケアを
仕事に選んだのは、
母のような人たちが気軽に立ち寄れて
身体の痛みが和らいで
本音が話せる場が近所にあったらいいな、と思ったからです。

病院やスポーツクラブやサークルなどではなく
1人でも、いつでも、

ふらっと来ていい、リラックスできる場所。

心を開いて話すと
その人の魅力や強み、すごいところがいっぱい見えます。

本人には当たり前すぎて、謙遜するようなことでも
それを必要としている人は実は近くにいます。

この言葉を伝えたい。

“あなたのその「できること」「やってきたこと」を
必要としている人がいますよ、と。”

少なくても母が私たち家族へ注いでくれた
「愛情」や「優しさ」は私の中では
何よりも価値のあることで、お金には変えられない宝物。

 

生きているうちに、何度も伝えればよかった。

母が亡くなって、初めてその偉大さに気がつきました。

 

~目の前の人を大切にするために何ができるだろう~

 

だから、
お客様と接するときはいつでも
その人の今までの人生すべてを
優しくねぎらう気持ちで触れています。

言葉を交わすときにはいつでも
その人の宝物を探すような気持ちで話しています。

60才を過ぎてからも
まだまだこれからです。

人生100年時代と言われています。

 

60才になるまでに
自分の価値に迷ったら
今からコツコツ準備をしていけばいい。

 

定年を恐れずに、いくつからでも
自分らしい人生や仕事を選択することができます。

 

そんな未来の自分への可能性や希望が
自然と湧いてくるようなサロンをこれからもつくっていきます。

スウェディッシュマッサージは
自分がいとおしくなるボディケアです。
自分の心と体を大切にしたいとき、ぜひお越しください。

http://happy-center.jp/?page_id=776